「スポーツ(運動)と脳科学」第5回     -J.レイティ著「脳を鍛えるには運動しかない!」-                

本書は神経科学の視点から運動と脳の関係を明らかにしたロングセラーです。精神科医ハーバード大准教授の著者が、論拠を示しつつ書かれた専門性の高い内容です。    
    
ジョンJ.レイティ著「脳を鍛えるには運動しかない!」(2009/3/20、NHK出版)、頁数352頁、価格:2,100円(税別)、Amazon評価:4.4、楽天評価:4.14、個人評価:4.8

対象技術分野が広範囲且つ専門性の高い内容の本ですが、本ブログでは、個人的な興味や関心事項を中心に要点を纏めました。スペース上の制約から大幅に割愛せざるを得なかった部分にも著者の専門である精神医学などを中心に示唆に富んだ内容や、微妙なニュアンス表現の内容を多く含みますので、是非、原本を読まれることをお勧めします。

 
また本書を絶賛されている精神科医の樺沢紫苑医師作成の、本書を紹介したYoutube動画(36分)も公開されています。本書を読む前の予備知識として役立つかも知れません。

以下、本ブログの主題「スポーツ(運動)と脳科学」に沿った内容を中心に纏めました。

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    序文 結びつける
[本書8頁]    運動で爽快な気分になる理由は、心臓から血液が盛んに送り出され、脳がベストの状態になるからだ。運動が脳にもたらす効果は、体への効果よりはるかに重要で、魅力的だ。筋力や心肺機能を高めることは、運動の副次効果に過ぎない。
私見私たちが(有酸素)運動で感じる爽快感は、「脳の血流増加が理由だ」という説明が冒頭にあり、その後の本書内容が理解しやすくなりました。また「序文」自体が、精神医学者レイティ博士の哲学を感じさせる内容です。「自分の脳の仕組みを十分に知っていれば、人生を変えることができる。」、という主張は深くて重い言葉です。また著者が目指すのは、「運動と脳をつなぐ驚きに満ちた科学をわかりやすい言葉で語り、それが人間の生活にどのような形で現れるかを示すことだ」、そうです。    
    
    メッセンジャー役の物質たち
[本書50頁]    脳内の信号送信の約80%は2種の神経伝達物質グルタミン酸(活発化)とGABA(抑制系)が担い、それらは互いにバランスを取り合っている。
    グルタミン酸は脳の馬車馬となって働いているが、精神医学がそれよりも重視するのは、脳の信号操作とすべての活動を調整している一群の神経伝達物質セロトニンノルアドレナリン、そしてドーパミンだ。それらを作り出すニューロンは、脳に1,000億個あるとされるニューロンの1%に過ぎないが、影響は甚大だ。
私見主要な神経伝達物質として、興奮系「グルタミン酸」と抑制系「GABA」に加え、セロトニンノルアドレナリンドーパミンの3種が重要です。この3物質については、樺沢紫苑著「脳を最適化すれば能力は2倍になる」の解説が参考になるかと思います。    
    学ぶことは成長すること
[52頁] 神経伝達物質と等しく重要なものとして、別種の分子グループがあり、この15年ほどで研究が進んだ。その分子グループは「因子」と総称されるたんぱく質で、最も有名なものは脳由来神経栄養因子(BDNF)だ。神経伝達物質が信号を伝えるのに対してBDNFのような神経栄養因子は、ニューロンの回路、つまり脳のインフラを構築し、維持している。

私見本書の目玉の一つである重要物質BDNFの歴史と関連書籍の出版状況を、以下の簡単な年表に示します。    

1995年 BDNF発見
1995年    マウス運動とBDNFの関係海馬に大きな変化カリフォルニア大 コットマン)
1998年    海馬でのニューロン新生についての知見
2006年    「海馬」誌に掲載された研究、運動によってマウスの「ニューロンの大量増加」
2008年    レイティ博士 ”SPARKS!” 原書出版
  The Revolutionary New Science of Exercise and the Brain
2009年    日本国内で、Jレイティ著「脳を鍛えるには運動しかない!」出版      
2016年    精神科医 アンデシュ・ハンセン「運動脳」原書出版
2018年    ハンセン著「一流の頭脳」 日本国内出版
2022年    「一流の頭脳」を加筆・再編集したハンセン著「運動脳」国内出版
    
    最初のひらめき
[54頁] カール・コットマン1995年「ネイチャー」誌マウスの運動とBDNFに関する1頁の記事で、運動と認知機能が生物学的に結びついているとされ、神経科学における運動の研究の進むべき道を示した。彼の仮説は独創的なものだった。
    当時、彼は、「老後も健全な精神状態を維持している人」に共通点があるかどうかを調べる研究(観察期間4年)で、認知機能の低下が最も少なかった人には、三つの要因を認めた。①教育、②自己効力感、そして③運動である。
私見認知機能の低下が、③運動以外に、①教育、②自己効力感という要素も大事、という知見は高齢化社会における認知症対策を考える上で重要な点かと思います。    
    
[56頁]  コットマンは、マウスに運動させて脳内のBDNF量を測定する実験を始めた。大切なのはマウスが「自発的に運動」することだった。走ったマウスの脳では対照群よりBDNFが増えていて、長く走ったマウスほどその量は多かった
[57頁]    その後、BDNFと運動の研究がそれぞれ積み重ねられていくうちに、BDNFがニューロンの存続だけでなく、その成長(新しい枝が生える)にも重要で、ゆえに学習にとって重要だということが明らかになった。実際、2007年にドイツの研究者グループが人間を対象にしたとして行った研究では、運動前より運動後の方が20%早く単語を覚えられ、学習効率とBDNF値が相関関係にあることが報告された。
私見レイティ博士はカール・コットマンの1995年「ネイチャー」誌にマウスの運動とBDNFに関する発表と、それに続くBDNF研究成果を絶賛しています。多忙な精神科臨床医の立場で精神医学の最先端の研究動向を注目し続けたレイティ博士の情熱に敬意を表します。    
    
    体と心の関係
[65頁]  BDNFはシナプスの近くの貯蔵庫に蓄えられ、血流が盛んになると放出される。その際にはそのプロセスを手助けするIGF-1(インスリン用成長因子)VEGF(血管内皮成長因子)FGF-2(繊維芽細胞成長因子)といった体内のホルモンが招集される。これらの成長因子が血液・脳関門を通過し、脳内でBDNFと協力して学習に関わる分子メカニズムを活性化させることが、つい最近になって判明した。成長因子は脳内でも作られて幹細胞の分化を促すが、運動中はその働きがより顕著になる。さらに重要なのは、こうした因子が体と脳の直接的なつながりを示していることだ。
    
    こんな運動をしよう
[67頁]    運動が三つのレベルで学習を助けている気持ちが良くなり、頭がスッキリし、注意力が高まり、やる気が出てくる②新しい情報を記録する細胞レベルでの基盤としてニューロンうしの結びつきを準備し、促進する③海馬の幹細胞から新しいニューロンが成長するのを促す、の3点だ
    
    本能と戦う
[87頁]    旧石器時代のリズム」、200万年前にホモ属が登場して以来、1万年前に農耕が始まるまで、人類は皆、狩猟採集に頼った生活で、食料を探す間は体を酷使し、その後数日は体を休めるというサイクルを繰り返していた。ご馳走を食べるか、飢えるかのどちらかだった。
    わたしたちの祖先の「運動量」を計算し、それを現代の数値と比べてみる。体重を基準とするエネルギー消費量で見ると、現代人の運動量は石器時代の祖先に比べて38%も少ないそれなのにカロリー摂取量は大幅に増えていると言っていい。旧石器時代の人間は、ただ食べるだけに、一日に8キロから16キロも歩かなければならなかった
私見アンデシュ・ハンセン著「運動脳」でも、原始の時代の狩猟採集生活と現代社会との人の運動量の差が問題の本質だ、という指摘がされています。    
    
    ストレスはあなたを殺すだけではない
[91頁]    定期的に有酸素運動をすると体のコンディションが安定するので、ストレスを受けても、急激に心拍数が上がったり、ストレスホルモンが過剰に出たりしなくなる少々のストレスには反応しないようになる。脳では、運動によって適度のストレスがかかると、遺伝子が活性化してタンパク質が生成され、ニューロンを損傷や変性から守るとともに、その構造を強化する。さらに運動はニューロンのストレス耐性の閾値も上げる。
    
    ストレスを燃やし尽くす
[100頁]    同時に、有酸素運動はBDNFの分泌量を増やす。これらの因子が協力しあって脳の活動を活発にし、慢性ストレスの有害な影響に負けないようにしている。それらはまた、細胞の修復プロセスを開始するだけでなく、コルチゾールが増えすぎないように監視し、必要に応じて神経伝達物質セロトニンノルアドレナリンドーパミンを増やす
    
    証拠
[118頁]    身軽になったトリプトファンは、浸透圧差に導かれて血液・脳関門をやすやすと通り抜け、脳に入っていく。そしてたちまち、われらが友、セロトニンの構成材料になる。トリプトファンだけでなく、運動によって増えた脳由来神経栄養因子(BDNF)もセロトニンを増やし、わたしたちを落ち着かせ、安心感を高める
    運動はGABA分泌も引き起こすGABAは脳の主要な抑制性神経伝達物質である。不安を自ら引き起こそうとする脳の働きを細胞レベルで食い止めるには、GABAの量を正常に保たなければならない。
私見トリプトファンは脳血流関門を通過するので、脳内でトリプトファンセロトニンに変換されるということでしょうか。運動はGABAも分泌することは初めて知りました。    
    
    いかに年を取るか
[278頁]    シナプスの衰えるスピードが、新たな結合の生まれるペースを上回るようになると、頭と体の機能に様々な問題が生じてくる。それにはアルツハイマー病やパーキンソン病も含まれる。
[279頁]    血液によって運ばれる酸素や燃料、肥料、そして修復に使う分子がなければ細胞は死んでしまう。ニューロンの成長を促す栄養素-脳由来神経栄養因子(BDNF)や血管内皮成長因子(VEGF)など-の量は、年を取るに従って減っていく。そして、神経伝達物質であるドーパミンが作られるスピードも遅くなり、運動機能の衰えと意欲の低下を招く。
私見最近のニュースで、高齢者の5人に1人は認知症になると注目されている中、この二つの文章の意味は重要です。当時から、BDNF(やVEGF)が認知症に効果が期待できる可能性を示唆したものではないでしょうか。    
    
    認知症
[287頁 ]   回路が壊れた場所と原因によって、認知症にはさまざまなタイプがある。
      アルツハイマー
      パーキンソン病
    
  人生のリスト
[290~297頁]    運動がどれほどあなたの健康を支えてくれるか、以下に挙げる。
    1.心血管系を強くする(運動によって心臓と肺が強くなると、安静時の血圧が下がり、体と脳の血管の負担が減る。)
    2.燃料を調整する(血糖値が高い人はアルツハイマーを発揮する発症する率が77%高かった。)
    3.肥満を防ぐ(65歳以上のアメリカ人の73%が太りすぎ)

    4.ストレスの閾値を上げる(運動は過剰なコルチゾールによる腐食を抑える)
    5.気分を明るくする(より多くの神経伝達物質、神経栄養因子、より強いニューロンの結びつきは、うつや不安によって起きる海馬の萎縮を予防する。)
    6.免疫系を強化する(ストレスと老化は免疫力を弱める。運動すると、免疫系のバランスが回復されて、炎症を抑え、病気を食い止めることができる。)
    7.骨を強くする(若いうちに、ウエイトトレーニングや、走ったり跳んだりという動きが含まれるスポーツをしていれば、骨の自然な減少は予防できる。)
    8.意欲を高める(幸せな老後は希望を持つことから始まる。運動していると、いつまでも向上心を持って頑張り続けることができる。)

    9.ニューロンの可塑性を高める有酸素運動は脳を強くする運動すると、ニューロンの可塑性や新生、つまり脳の成長に欠かせない栄養因子が盛んに供給されるようになる。)
私見著者は精神医学がご専門ですが、第九章の「加齢賢く老いるの章では、35頁に亘り、(有酸素)運動の効果がかなり網羅的に記載されています。有酸素運動は心身両面の健康管理(と脳の活性化)に対し、驚くべき効果をもたらします。    
    
    運動-規則正しく続けよう
[300頁]    60歳以上の人には、ほぼ毎日運動することを勧めたい。義務ではなく、楽しんで運動しよう。心拍計を使うといい。基本は、220から年齢を引いた数字が理論上の最大心拍数だ。
    
    頭の体操-学び続ける
[303頁]    「鍛え続けよう」運動によってニューロンがつながる環境は整えられ、知的刺激によって脳がその環境を活用する。長く教育を受けた人ほど、年をとっても認知能力を保ち、認知症にならずにいられることが明らかになっている。こうした統計の中には、自分をとりまく世界に強い関心を抱いている人も数多く含まれている
私見本書の中で、認知機能が、運動とともに「知的刺激」が重要、との指摘を散見します。    
    
[308頁]    有酸素運動が脳におよぼす驚くべき影響について、運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段だ。何百という研究論文に基づいており、その論文の大半はこの10年以内に発表されたものだ。
私見「運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段」、と言い切っています。論拠が明白で心強い限りです。    
    
    走るべく生まれついている
[312頁]    たしたちの遺伝子には狩猟採集の行動様式がしっかり組み込まれていて、脳がそれをつかさどるようになっている。従って、その活動をやめてしまうと、10万年以上にわたって調整されてきたデリケートな生物学的バランスを壊すことになる。体と脳をベストの状態に保ちたいなら、この歴史の長い代謝システムをせっせと使うべきだ。大まかにウォーキング、ジョギング、ランニング、全力疾走に置き換えることができる。そして、この祖先の日常の活動を真似しなさい、というのが最善のアドバイスだ。つまり、毎日、歩くかゆっくり走るかし、週2、3回は走り、ときどきは全力疾走で獲物を追うのだ
私見この文章全体が著者の考え方の基礎になっています。87頁の「現代人の運動量は石器時代の祖先に比べて38%も少ない」、という主張と重なります。    

[312頁]    選択肢が有酸素運動に限られるわけではないが、低強度(ウォーキング)、中強度(ジョギング)、高強度(ランニング)という区切りは役に立つだろう(正確には心拍計を使うことだ)
[312頁]    有酸素運動を3つに分類、正確には心拍計を使います。
    低強度(ウォーキング)・・・・・最大心拍数の55~65%
    中強度(ジョギング)・・・・・・・ 同上 65~75%
    高強度(ランニング)・・・・・・・ 同上 75~90%
私見自分の現場試験では、「インターバル速歩を取り入れたウォーキング」で心拍数的に中強度の領域に入ることを確認しています。    
    ウォーキング
[316頁]    健康になっていく過程は、有酸素運動の土台を築いていく過程である。心臓と肺を鍛えれば、より効率的に体と脳に酸素を送れるようになる。血流を増すと、連鎖的に化学反応が起こり、セロトニン、BDNF、その他の栄養因子が生成される
    
[317~335頁]    「ジョギング」・「ランニング」・「非有酸素運動、と解説が続きますが、紙面スペースの関係で項目だけの記載に留めます。    
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以上が私自身が興味を持ったテーマを中心にした本書の要約です。    
尚、最新の研究では、有酸素運動中に分泌されるイリシンというホルモンが注目されています。イリシンは、アミロイドβと呼ばれるタンパク質の脳細胞への沈着を抑制することが分かっており、アルツハイマー病の主な症状の原因とされるアミロイドβの沈着を抑える効果が期待されています。    
    
また最近のニュースの中で、厚生労働省が、65歳以上の認知症患者は約600万人(2020年)で、2025年には、高齢者の5人に1人は認知症になると注目されています。    
    
更に65歳以上の男女6,900名を対象にした東北大学の調査では、普段の1日歩行時間を、「30分未満」、「30~60分」、「60分以上」に分け、6年間の追跡調査を行なったところ、「歩行時間60分以上」の人は、「30分未満」の人より認知症リスクが28%も低かったとされています。認知症予防には生活習慣(特に食事、睡眠)が大事だと言われていますが、今回の研究はそれに加えて、運動が重要だということを明らかにしました。    
    
因みに、レイティ博士の原書SPARKは2008年、今から15年前の出版です。「運動と脳科学」の関係については、本書知見に直近の関連動向を加味した上で、今後の方向性を探る必要があります。    
脳科学」分野の研究は日進月歩ですから、今後も関連書籍・文献・記事など、最新情報にアンテナを張りながら専門性を高め、「スポーツ(運動)と脳科学」という主題に沿ってブログの中で情報発信を続けていきたいと思います。