「スポーツ(運動)と脳科学」第102回ードーパミンの脳科学と人間研究-

人の心を知る=「人間研究」に興味が有り、一番有名な神経伝達物質ドーパミンの本を読みました。ダニエル・Z・リーバーマン著「もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学(2020/10/15、インターシフト)という本です。著者はジョージワシントン大学の精神医学・行動科学部教授で、140報の参考文献をレビューする形で纏めた本です。比較的読み易い本ですが要約するのは難しいので、私自身の興味に沿って、重要ポイントを整理したいと思います。

 

1.ドーパミンは、かつては「快楽物質」と言われてきましたが、今は「期待物質」とされています。予想外の出会い、良い意味での「報酬予測誤差」の興奮によってドーパミンが分泌されます。個人的には、ドーパミンによる「ワクワク感」が、「快」の感情をもたらし、それが「創造的開発」の出発点になる、と考えています。

 

2.ドーパミン2つの回路を通して私たちを動かしています。1つは、中脳「辺縁」系の欲求回路「欲求ドーパミンで、もともと生存・生殖につながる行動を促すために進化したと言われています。モチベーションをもたらす感情の元です。欲求が満たされれば報酬予測誤差は薄れます。他方、うまく機能しないと依存症(薬物・飲酒・ギャンブル)という罠にハマります。

脳内のもう1つの回路が中脳「皮質」系の「制御回路」で、「制御ドーパミンが存在します。欲求ドーパミンの衝動を制御するという、相補的な役割を担っています。ドーパミン制御回路には前頭葉が関わっているとされています。

本書92頁の下記『 』内の文章は示唆に富んだ内容ですので、そのまま引用します。

このドーパミン制御回路こそ、人を独自の存在たらしめているものだ。ドーパミン制御回路は・・・想像力を私たちに与え、長期的な計画を立てさせている。更に・・・抽象的概念、つまり、感覚のもたらす「いまここ」での体験の枠を超えた、言語・数学・科学といった概念を使うことを可能にしている。感情はH&Nの範疇にある現象だ。・・・制御回路は冷静で無常で計算高く、目標達成のためならどんなことでもする。

欲求回路の終点が興奮と熱意を引き起こす脳の領域であるのに対し、制御回路は論理的思考を専門とする前頭葉へと至っています神経伝達物質ドーパミンは、欲求(欲求回路を介する)粘り強さ(制御回路を介する)の源です。

 

3.創造力は地球上で最も大きな潜在能力を秘めています。創造力は脳が本領を発揮している状態ですが、その反対が精神障害(平凡な課題にさえ対応できない脳の状態)です。天才と狂気のどちらもドーパミンが鍵を握っています

ニュートンが多量のドーパミンの持ち主であり、それが彼の優れた頭脳と社会的問題、そして精神崩壊に寄与していた可能性は高そうだ。・・・優れた芸術家や科学者、ビジネス・リーダーの多くは、精神疾患を抱えていたと思われるか、実際にそうだったことが知られている。ベート―ベン、ゴッホダーウィン、など枚挙にいとまがない。ドーパミンは創造の力を与えてくれる。だがその力には代償が伴う。創造の天才たちの活発過ぎるドーパミン系は、彼らを精神障害の危険にさらしている(本書206頁)』。

 

統合失調症ドーパミンが過剰の傾向があり、治療薬はドーパミン活性を低下させます。双極性障害躁鬱病では分泌されたドーパミンを再取り込みする脳の働きが弱まりドーパミン過剰になってしまいます。創造性の高い有名人の中には、双極性障害だったことが伺われる人が数多くいますヘミングウェイマリリン・モンローフランク・シナトラナイチンゲールニーチェ(本書270頁)などです。ドーパミンは知能や創造力、たゆまぬ努力を生み出すが、その人に奇妙なふるまいをさせることもあります。また移民の多い国では双極子遺伝子を持つ人の割合が多く、アメリカ国民の有病率は世界最高の4.4%です(ほとんど移民がいない日本では、双極性障害の有病率は0.7%で世界でも極めて低い)

 

4.ドーパミンと対照的に語られるのが、セロトニンオキシトシン、エンドルフィンなど目の前の世界を味わう時に働く一群の神経伝達物質です。「H&N(ヒア&ナウ」と呼ばれています。ドーパミンのマイナス面を補い、長続きする友愛を育み、「今ここ」の現実に着地し、具体的な思考、身体的感覚や共感とともにあります。ドーパミン回路とH&N回路の調和こそ、脳の潜在能力を最も高めることができます。

 

創造は、ドーパミンとH&Nの混ぜ合わせる優れた手段です。誰でも実践出来る、普通の形の創造もあります。ドーパミン的な支配ではなく、バランスを促進する創造行為です。木工・編み物・絵画は古風な活動ですが、新しいものを生み出すためには、脳と手を連動させることが必要です。先ず、創造力を使って着想を得ます。それを実行するための計画を立てます。その後で、手を使って現実のものにします。ドーパミン的な抽象概念とH&N的な感覚体験の融合です。

 

また料理、庭仕事、スポーツも、知的な刺激と身体的な動きを兼ね備え、満足感をもたらして心と身体をひとつにしてくれる活動です。本書314頁には、鉄に少量の炭素を混ぜて鋼鉄をつくるようなものだ。その結果、より強く、耐久性のあるものができる。ドーパミン的な快楽に身体的なH&Nを加えたときにも、まさにその現象が起きる、という分かり易い事例が紹介されています。

 

5.哲学者アリストテレスは、「幸せ」こそがあらゆる目的の究極的な目的だと考えました。その「幸せ」を手に入れるには、ドーパミンとH&Nの両方が必要ということです。

私たちを人間たらしめているもの、それがドーパミン回路だドーパミン回路は私たち人類に特別な力を与えている。私たちは考える計画を立てる。創造する。思考の次元を高め、真実や正義や美といった抽象的な概念に思いを巡らす。その回路の中で、私たちは空間時間のあらゆる壁を乗り越える』、『ドーパミンとH&Nを融合させることができれば、私たちは調和に到達できる。・・・感覚的な現実と抽象的な現実が連動してはじめて、脳の潜在能力があますところなく解き放たれるのだ。最高の性能を発揮したときにの脳が生み出せるのは幸福と満足だけではない。富と知識だけでもない。私たちの脳には、感覚的体験と知的な理解力の豊かな混ざり合いを生み出す力も備わっている。その混ざり合いこそが、よりバランスの取れた人間に至る道へと私たちを導いてくれるはずだ。』、という本書「第7章調和」(316~317頁)の最後の文章を胸に刻んでおきたいと思います。

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本書を読みつつ、私自身の生活習慣を振り返ってみます。私は毎日1万歩の有酸素運動を生活の軸にしています。有酸素運動は、ドーパミンを始め、ノルアドレナリンセロトニンなどの神経伝達物質やBDNFの分泌をもたらします。また有酸素運動により、①快の感情(「心」地良さ)、②心「身」健康、③「脳」活性化、という心・身・脳の3つの効果を実感しています。仕事・趣味の合間の有酸素運動の他、自然散策・庭木手入れをして、温かい家庭で過ごし、充分な食事・睡眠・休息・趣味と、頭(脳)と体(手・足を含む身体)全体を使い、バランスは良好です。つまり、経験的に、ドーパミン的な運動や創造的活動とH&N的(セロトニンオキシトシン・エンドルフィン)満足の両方が満たされた生活です。

繰り返しになりますが、①平常心で、②恵まれた自然環境の中、③物思いに耽り散策しながらの、④毎日1万歩のウォーキングで、⑤満足感に浸ります。⑥仕事・読書(INPUT)・執筆(OUTPUT)の合間には、⑦庭仕事・音楽・TVネット動画視聴を楽しむ、毎日です。「心・技・体」、「知・情・意」、私流の表現ですが「理性・感性・野性」のバランスを意識しながら、ドーパミン・H&Nの融合により、割と人間的な生活を過ごせているのではと思います。

仕事・家庭・学業・趣味・スポーツ・芸術などバランスの取れた生活の中で、可能な限り創造的アウトプットを心掛け、自己表現・自己実現・自己超越(世のため人のため=社会貢献を目指したいと思います。