「スポーツ(運動)と脳科学 [副題]人間研究」第10回  -ノーベル賞 山中伸弥教授と                      将棋界の天才 藤井聡太棋士の対談本紹介-

 ノーベル医学生理学賞山中伸弥教授藤井聡太八冠(当時七冠)の対談本です。2021/12月発行の単行本を改題し、今回その文庫版を読みました。ブログの主題「スポーツ(運動)と脳科学」を拡大解釈して、天才御二人の「人間研究」という視点で纏めてみました。豊富な研究歴の山中先生が話される言葉の重みと深さとともに藤井棋士の博識で謙虚な言葉の背後にある勝負師としての資質を感じました。
   

山中伸弥藤井聡太著「前人未到」(2023/9/15、講談社、頁数:201頁、価格680円(税別)、Amazon評価:4.3、個人評価:4.7                                
 

まず第1章の表題「限界を決めない」という言葉が目に飛び込んできました。この本の主題です。この文庫版(2023年9月発行)は前人未到というタイトルですが、2021年12月発行の単行本のタイトルは「挑戦 常識のブレーキをはずせ」です。                                    
常々、自分なりの基軸を持ちながら天才・賢人・成功者の話を聞くことが大事と考えています。今回は、対談の中から幾つかの興味深い発言を引用し、私自身の感想や私見を付記させていただきました。                                    
                                    
29頁    山中:「特にワクチン開発に関していうと、欧米が圧倒的に進んでいて、日本人研究者が霞んでしまってます。………彼らはものすごく変わり身が早いというか、自分で限界を決めていないというか、そこにはすごく柔軟性を感じたんですね。」 
                                    
83頁    山中:「人と人とのいろんなコミュニケーションを学ぶというのは、すごく大切だと思っています。その中から新しい発想やアイデアが浮かぶこともありますね。自分の専門分野だけ考えていると、どんどん凝り固まってしまって、自分で限界を決めてしまうところもあるんですが、違う分野の人と話すことによって、自分のマインドセットが変わるというか。先ほども話したように、『自分で自分の限界を決めていたんだな』ということを考えることがよくありますから。」

私見]第1章の表題が「限界を決めない」ですから、最初からこの本の基本路線が浮き彫りになりました。また第3章は「自らの可能性を広げる」です。因みに、私が読んだこの文庫版(2023年9月発行)は「前人未到」というタイトルですが、2021年12月発行の単行本のタイトルは「挑戦 常識のブレーキをはずせ」です。本書の大きな主題の一つです。                                    
                                    
97頁    山中:「研究者はやっぱりそういう根性はありますよ。研究生活はやっぱり何十回もトライして失敗ばかり。・・・・・失敗が、普通というか、思い通りにいかないのが基本なので。そういう意味では研究は短距離走じゃなく、明らかにマラソンなんです。研究者にはけっこうマラソンをする人が多い。」                   

私見]同感です。研究は勿論ですし、人生そのものがマラソンですね。でも長距離走だからこそ周りの風景を楽しむ心の余裕を持ちたいですし、場合によってはスパートする余力や切れ味は残したいですね。私自身も新薬開発研究をしていた経験があり、その時は、例えば3万分の1というレベルの成功確率とすると、29,999回は失敗だということになります。でも実際はnegative-detaも必要であるし、薬効や作用機構や因子を探る上で結構意味があるので、試行錯誤は大事です。だからこそ、ビジョン・ポリシー・行動哲学や目的意識が重要なんでしょうね。                             

 

113頁    藤井:「自分はあまりプレッシャーは感じないです。どの対局でもやること自体は同じなので、平常心でと思っています。」 「やっぱり、平常心でその局面一つ一つ、最善を追求していくことが、結果的にも勝ちにつながることかなと思っています。」   

私見]自然体/平常心で臨むという姿勢は大変重要と思います。私自身は基本フローを以下の流れで捉えています。
 自然体/平常心+心・技・体+知性/哲学→自己表現→自己実現→自己超越    
                                    
118頁    山中:「行き詰まった時には気分転換にジョギングします。」 「僕の場合は長期ビジョンを持つことでメンタルを保ってきました。」 「大事なのは、プレッシャーを感じながら、自分のメンタルを自分でマネジメントできるかどうかですよね。」   
私見]山中先生はフルマラソンを走ることでも有名ですから、ジョギングは生活の一部なんでしょうね。藤井棋士は今は運動をほとんどされないそうですが、中二の時に50メートル走は6秒8だった様ですから、優れた運動神経をお持ちです。今後は運動も積極的に取り入れていくのかも知れませんね。                                    
                                    
178頁    山中:「藤井さんのように僕も本を読むのが大好きで、『仕事は楽しいかね?』(ディル・ドーテン著)という本からすごく影響を受けましたね。仕事を楽しむ方法や人生の成功法則を学んでいく話です。」 「大事なことは『試す』ということで、世の中の成功者は誰よりも『試す』」を繰り返してきた。・・・・・失敗しても努力を続けることが大切だ、結果を楽しめ、と。」 

私見]早速、ドーテン著書を図書館予約しました。論語の世界、「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。」という言葉が好きです。また解剖学者の養老孟司先生は著書「考えるヒト」の中で、合目的性と試行錯誤、この二つが人間の神経系という情報系の出力に、もっとも基本的に与えられた性質らしい、と述べています。試行錯誤をも楽しむ心の余裕を持ちたいですね。                                    
                                    
192頁    山中:「僕は留学中に恩師から「VW」という言葉を教わったんです。つまり『ビジョン(Vision)』と『ワークハード(Work Hard)』明確なビジョンを持ち、それに向かって懸命に努力することが研究者としても人間としても成功する秘訣だということです。」                                

私見]山中先生の研究者としての心構えが大変参考になります。私自身は、PDCA管理手法をイメージしました。これはVISIONやPOLICYやPHILOSOPHY(哲学)を起点に、課題テーマにつき、PLAN(仮説を立て計画)→DO(実行)→CHECK(検証)→ACTION(評価・改善)のサイクルを回して、上方スパイラルでPERFORMANCE(成果)を向上させていく管理手法です。下記フローで日常的な課題テーマ展開に利用しています。 


193頁    藤井:「何か言葉を一つ挙げるとすると、四段に昇格した時に知人の方からいただいた『関防印』(かんぼういん)を、色紙に揮毫(きごう)する時に押しているんですが、そこには『無極(むきょく)』と二文字が刻まれています。どこまでいっても極まることがない、果てがない、頂点がないという意味で、自分としてはどこまでも成長したい、自分で限界を決めないと思って大切にしています。」                                

私見]藤井八冠が、本書の主題の一つである「自分で自分の限界を決めない」という話を、自らの刻印「無極」という二文字で説明していただけました。素晴らしい言葉ですね。「自分としてはどこまでも成長したい」という気持ちを大切に、今後益々ご活躍ください。