手元に2冊の本があります。1冊は世界的に高名な海洋生物学者・レイチェル・カーソン(1907-1964)の本、もう1冊は有名な分子生物学者・福岡伸一教授と阿川佐和子さんの対談本です。何れもテーマは「センス・オブ・ワンダー」=自然に触れて深く感動する力、という意味を持つ言葉です。2冊とも素晴らしい本です。
レイチェル・カーソン著(上遠恵子訳、写真森本二太郎)「センス・オブ・ワンダー」(1996/7/25、新潮社)、頁数:63頁、定価:1,500円(税込)
環境保護運動の世界的な先駆けであるレイチェル・カーソンの書としては「沈黙の春」がロングセラーとして広く知られています。「沈黙の春」を執筆中にガンに侵された彼女は、文字通り時間との闘いの中で、1962年、ついにこの本を完成させました。
レイチェル・カーソンは「沈黙の春」を書き終えた時、自分に残された時間がそれほど長くないことを知っていました。そして最後の仕事として本書「センス・オブ・ワンダー」の執筆を始めました。志半ばで56歳の生涯を閉じましたが、友人たちが原稿を整え、翌年短編として出版された作品です。
もう1冊は、レイチェル書を解説した福岡伸一教授と阿川佐和子さんの対談本です。インタビューの名手・阿川佐和子さんが、レイチェル書の良さと博識な福岡教授の生命・自然・環境への熱い思いを見事に引き出しています。
福岡伸一・阿川佐和子著「センス・オブ・ワンダーを探して」(2011/11/1、大和書房)、頁数:255頁、定価:1,400円(税別)
この名コンビの対談は、YouTube動画「センス・オブ・ワンダーを探して」(63分)にアップされていますので、こちらも是非ご視聴ください。
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「センス・オブ・ワンダー」の登場人物は、レイチェル・カーソンと姪の息子ロジャー君です。二人は海辺や森の中を探検し、星空や夜の海を眺めた経験をもとに書かれた作品です。ロジャー君は赤ん坊の頃から彼女の別荘に遊びに来ていたそうです。
重要部分を引用させていただきます。
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子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になる前に澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。
多くの親は、熱心で繊細な子どもの好奇心にふれるたびに、さまざまな生きものたちが住む複雑な自然界について自分がなにも知らないことに気がつき、しばしば、どうしてよいかわからなくなります。そして、
「自分の子どもに自然のことを教えるなんて、どうしたらできるというのでしょう。わたしは、そこにいる鳥の名前すら知らないのに!」、と嘆きの声をあげるのです。
わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。
子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかり身につきます。
消化する能力がまだそなわっていない子供に子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやるほうがどんなに大切であるかわかりません。
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以上が、レイチェル・カーソン書からの引用です。
「ノンちゃん雲に乗る」などの優れた児童文学の創作者として知られる石井桃子さんの言葉、「子どもたちよ。子ども時代をしっかりと楽しんでください。大人になってから、老人になってから、あなたを支えてくれるのは子ども時代の「あなた」です。」 、は同じ趣旨の内容だと思います。
レイチェル・カーソン著「センス・オブ・ワンダー」は、上遠恵子さんの「情緒豊かな翻訳」と写真家・森本二太郎さんの「美しい自然写真」が掲載され、装幀もセンスが良い素晴らしい本です。是非お手に取って見てください
また、福岡教授と阿川さんの対談本の内容はここでは書き尽くせませんが、作品の見出しだけでも次のような魅力的な表現で、対談の質の高さと御二人のセンスを感じます。
1 勉強よりも体験の中の記憶が残る
2 いい先生との出会いもセンス・オブ・ワンダー
3 分ける生物学から繋げる生命学へ
4 理系でも文系でもないナチュラリストになるために
5 理系と文系の知を繋ぎ合わせる新しい生命学
6 バランスを考えた生物学を語りたい
7 想像力と洞察力が科学を補う
8 子ども時代に余白を楽しむ時間を
9 子ども時代のセンス・オブ・ワンダーを思い出しながら
10 大人のセンス・オブ・ワンダー
今、個人的な興味から、「福岡伸一作品」を読み漁っています。養老孟司先生の著作に没頭して以来です。生命・自然・環境、勿論、人間研究も含めて、「心豊かに道を究む」姿勢を、継続していきたいと思います。