「スポーツ(運動)と脳科学」第35回-個人は皆、自分の人生の経営者だ!ー

前回のブログで、『「株」投資家を含め、個人は皆、自分の人生の経営者だ。』と書きました、その続きを書いてみたいと思います。「個人は皆、自分の人生の経営者だ。」という趣旨の発言は、幾つかの場面で見聞きしたことがあります。私自身も趣味の掲示板などで使ってきました。 でも新進気鋭の経営学者・岩尾俊兵氏が放つその言葉には独特の重みと説得力がありました。 

 

岩尾俊兵・慶応義塾大学商学部准教授を知ったのは、正月明け、2024/1/10付けの日本経済新聞(「Analysis」というコーナー)です。「ヒトとカネと二元論脱却を」という2,800字の論考記事が目が留まりました。経営の目的は「ヒトの幸せ(=価値)の創造」だと断じています。何よりも文章に力があります。大学の先生の論文は机上の空論の場合もあるのですが、岩尾准教授の論考には説得力がありました。論理構成と文章力が秀逸で、全体像が容易に把握出来ました。

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1.有史以来の経済発展は、厳しめのマディソン統計ですら数百倍はあると評価し、人類は地球の「有限の資源」を組み替え「無限の価値」を生み出してきた。「価値創造が無限」で有り得るなら、経営者・顧客・従業員・株主・取引先・社会が有限の価値の配分を巡り争う必要もなくなる、という発想の転換ができる

2.現代の生産手段の主力は土地・機械のような有形物ではなく、「経営知識という無形物」、という発想の転換がある。無形の経営知識が主役となる経営では、経営者と従業員と株主は互いの知識を共有しながら価値創造を目指す共同体を構築できる。

この2つの発想の転換により、「ヒト(人間)」と「カネ(資金)」の二元論から脱却できるヒントが得られる。結果、「人の幸せという価値創造」が経営の究極的な目的となり、そうした究極の目的を達成し続けるために、中間目標として組織の血液としての資金の循環が必要となる、という論旨です。

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普通、企業経営者や経営学者は、企業価値や長期利益の最大化が企業経営の究極の目的だと指摘しますが、岩尾准教授の論考の「人の幸せという価値創造」が経営の究極目的であって、企業利益を含む資金(の循環)はその「手段=中間目標」、という主張は稀有なことです。

 

「世のため人のため」という慣用句がよく使われますが、正論として、具体的に、且つ論理的に展開した論考は初めて目にしました。「人の幸せという価値創造」が経営の究極的な目的であって、企業利益はそのための「手段=中間目標」ということになります。長期利益(の最大化)は手段であって目的ではないとする考え方は画期的です。

筆者について色々調べました。彼は家庭の事情で中卒で自衛隊に入り、苦学して高卒認定試験を経て慶大に入った相当の苦労人です。その後、東大大学院の修士課程を経て博士号を取得した東大初の経営学博士です。 東大では文部科学省博士課程リーディングプログラム生という制度で、修士2年博士3年間の入学金・授業料免除と5年間で総額1000万円以上の生活費・研究費の支援を受けたそうです。このような日本の制度によって経営学を修め人生経営の余地が生まれたという岩尾俊平氏は、日本社会全体への恩返しをしなければと語っています。

 

著書も3冊読みました。論旨明快、切れ味鋭い論考と具体的例示が続きます。経営学者ですが、文学的センスも抜群です。

「13歳からの経営の教科書」(2022/6/29、KADOKAWA)、296頁、1,600円(税別)。

「日本企業はなぜ強みを捨てるか」(2023/10/30、光文社)、329頁、900円(税別)  

「世界は経営でできている」(2024/1/20、講談社)216頁、900円(税別)            

 

著書以外にYouTube動画でも岩尾氏の話を視聴することができます。岩尾氏は、企業経営で進むべき道を示すと同時に、経営という言葉は、我々個々人が、仕事や学業や趣味や、家庭生活においても使える概念であり、「個人は皆、自分の人生の経営者だ!」という発想の転換が重要だということを再認識させてくれました。

34歳の若手経営学者・岩尾俊兵准教授の今後益々のご活躍を期待するとともに、日本社会や日本企業が新しい価値観で方向性や手法を探りながらの成長を望みます。併せて、自らが日常生活の中での人生の経営者として、自然体/平常心で地道に一歩づつ前進していきたいと思います。